遺骨収集の現状と課題

なぜ、戦後80年を経てもなお帰還が進まないのか。その構造をご説明します。

約112万柱が、いまも異国の地に

先の大戦で海外に斃れた戦没者は、硫黄島と沖縄を含めて約240万人にのぼります。 国による収集は昭和27年度に始まり、引揚者の方々が持ち帰られた分を含めて これまでに約128万柱が収容されました。残る約112万柱は、いまも還っておられません。

海没遺骨約30万柱。約3,000隻の艦船が沈没しました。技術面・安全面の制約から収容が難しいとされてきた領域です。
相手国の事情等約23万柱。現地の法制度、治安、開発状況などにより立ち入りが困難です。
収容可能見込み約59万柱。情報と体制さえ整えば、お還しすることができる御遺骨です。

出典:厚生労働省「戦没者慰霊事業の概要」等

しかし、帰還は進んでいない

戦没者遺骨収集推進法(平成28年法律第12号)の施行から10年の実績です。

推進法施行後10年の収容数
3,981柱 収容可能見込み約59万柱の、わずか0.7%にとどまります。
集中実施期間の期限
令和11年度 令和5年6月の法改正で5年延長されました。その先の枠組みは未定です。
DNA鑑定で身元が判明した数
1,210件 平成15年度の鑑定開始以来、令和4年3月末時点の累計です。
現状のペースで要する年数
400年以上 年約400柱の収容を前提とすれば、事実上、完了しない計算になります。

4つのボトルネック

国の責務であることは法律に明記されています。それでも進まないのは、意思の問題ではなく詰まりの問題です。

情報の枯渇

埋葬地を知る戦友の証言は、ほぼ得られなくなりました。各国公文書館には未調査の資料が膨大に残りますが、日本語と外国語の双方を読める調査者が圧倒的に不足しています。

事業① 情報調査・データベース

担い手の断絶

遺族会・戦友会は解散が相次ぎ、現地で掘る技能と経験が継承されていません。派遣団の編成そのものが難しくなりつつあります。

事業② 現地調査・収容支援

鑑定のボトルネック

収容しても「日本人か否か」「誰か」の判定に時間を要します。劣化したDNAの解析には高度な技術が要り、鑑定の枠が事業全体の律速となっています。

事業③ 遺骨分析判定

現地調整と社会的関心

相手国の許可取得は個別交渉の積み重ねです。加えて国内の関心の低下が、予算・人員・情報提供のすべてを細らせています。

事業④⑤ 帰還慰霊・普及啓発

法的な位置づけと、当協会の立ち位置

民間法人が単独で遺骨を収容することはできません。前提を正確に押さえたうえで動きます。

前提となる制度

戦没者遺骨収集推進法は、遺骨収集を国の責務と定めています。実際の収容・送還業務は、 厚生労働大臣が全国を通じて一に限り指定する「指定法人」が、厚生労働省の指導監督のもとで実施します。

一

協力民間団体としての参画

指定法人および厚生労働省の派遣事業に、人材・技術・情報を提供する協力団体として参加します。現行制度のもとで即日開始できる領域です。

二

国が手薄な領域の補完

公文書調査、ご遺族検体の掘り起こし、鑑定研究への助成、普及啓発。いずれも指定法人の独占業務ではなく、民間が自由に担える領域です。

三

実績に基づく制度内での位置確立

調査・鑑定の実績を積み、厚生労働省への情報提供と受託の実績を重ねたうえで、将来的な公的位置づけを目指します。

重点対象地域

戦没者数、収容実績の低さ、相手国の受入れ環境という三つの軸で優先順位を判断します。

最優先フィリピン/東部ニューギニア/ソロモン諸島
推定戦没者数が突出して多く、未収容率も高い地域です。ジャングルの後退と開発により、いま動かなければ物理的に失われます。
重点ミャンマー/中部太平洋(マリアナ・トラック等)/硫黄島
情報の蓄積があり収容実績も出ていますが、治安や滑走路下埋設など固有の障壁を抱えます。沈没艦船が集中する海域でもあります。
継続旧ソ連地域/モンゴル/沖縄
抑留中死亡者は埋葬記録が比較的残り、身元特定の成功率が高い地域です。DNA鑑定の主戦場として継続的に取り組みます。
中長期インド/中国大陸
相手国の政治情勢により現時点では着手が難しい地域です。関係構築を先行させ、将来に備えます。